市民会議の共同世話人である平岡秀夫インタビューが『47NEWS〈地方紙と共同通信のよんななニュース〉』に掲載されました。
執筆者の許諾の下、全文引用させていただき、皆様に共有させていただきます。
■引用元:2020年7月4日配信『47NEWS〈地方紙と共同通信のよんななニュース〉』
■バイデン大統領なら日本は死刑廃止!? 外圧でしか決められぬ政治 平岡秀夫(弁護士、元法相)
「バイデン大統領なら日本は死刑廃止」。いきなり「風が吹けば、桶屋が儲かる」式の話になって恐縮ですが、私は実現の可能性が高い話だと思っています。
理由は以下で説明しますが、それにしても死刑制度に真剣に取り組んでこなかった日本の政治家は、またしても「ガイアツ」(外圧)でしか政策を決められないという汚名を着せられるであろうことを、恥ずべきだと思います。
■先進国で死刑存置は日米2カ国だけ
本論に入る前に、死刑に関わる世界と米国の潮流を概観しておきます。
世界では死刑廃止国が7割以上を占めるようになっていることを、多くの日本人は知らないのではないでしょうか。2019年末現在、死刑廃止国は142カ国で、死刑存置国は56カ国にすぎません(以下、死刑の廃止・執行などに関するデータはアムネスティ・インターナショナルの調査による)。
また、先進国クラブともいうべきOECD(経済開発協力機構)37カ国の中では、死刑制度があって実際に執行されているのは2カ国(日本と米国)だけです。世界、特に先進国では、死刑廃止が大勢となっているのです。
それでは日本と並んで死刑制度を存置している米国は今、どのような状況になっているのでしょうか。
本年4月末現在、米国で死刑を廃止しているのは21州とワシントンDCです。存置しているのは連邦政府と29州ですが、29州のうち執行を停止しているのが4州あるので、半分の25州が死刑を廃止または執行停止していることになります。
また、死刑存置州29のうち、10年以上死刑執行をしていない州が11あります。連邦政府も10年以上死刑執行をしていません。国際的には10年以上死刑執行をしていない国は「事実上の死刑廃止国」と評価されますので、米国の州の7割で死刑が廃止されているといえます。
米国は死刑の可能性がある事件で、裁判の進め方が非常に慎重であり、裁判に莫大なコストをかけます。1970年代に連邦最高裁が「死刑事件には特別な手続き的保証が必要である」という判決を出したからです。一般の刑事司法におけるデュー・プロセス・オブ・ロー(適正手続きの保障)を超えるという意味で「スーパーデュープロセス」と呼ばれています。
内容としては①死刑を言い渡すためには陪審員全員一致の評決が必要②死刑判決が出たら被告人の意思に関わりなく自動的に上訴―などを要求しています。
同じ死刑制度存置・執行国といっても、その実態には大きな違いがあるのです。
■執行目指すトランプ、廃止に舵切ったバイデン
米国のPEWリサーチセンターが2018年4~5月に実施した世論調査によると、死刑制度に賛成:反対の状況(単位%)は全体では54:39、共和党支持者では77:17、民主党支持者では35:59です。共和党と民主党の支持者では賛否が正反対の状況になっていますが、このような状況になってきたのは最近のことです(民主党支持者のうちで、死刑制度に反対する人が半数を超えたのは、14年の世論調査以降)。
このため今回の大統領選挙では、死刑制度が政治的イシュー(争点)になる可能性があります。
5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイト氏が、白人警察官に首を膝で押さえつけられて死亡した事件をきっかけとして、黒人に対する差別反対のデモが頻発していることも影響するかもしれません。米国の死刑囚における白人と黒人の割合は今年1月現在、白人42・10%、黒人41・56%と拮抗していて、全人口に占める黒人の割合(約12・6%)よりも格段に高く、人種差別の現れと見られているからです。
トランプ氏は一貫して、死刑執行の復活や拡大を志向する発言を繰り返しています。昨年7月25日、バー司法長官が、連邦政府として5人の死刑囚の死刑を執行すると発表しました。執行再開を目指すトランプ氏の強い意向が反映したと見られています。
その後、昨年12月に連邦高裁が死刑執行差し止めの判断を出しましたが、それを、同月連邦最高裁が連邦高裁に差し戻しをし、結局、今年6月29日に、連邦最高裁が執行を許可する判断を示しました。このように、連邦裁判所でも死刑執行の是非が争われてきましたが、今後も執行停止を求める裁判上の闘いが繰り広げられるのではないかと見られています。
一方、民主党のバイデン氏は1994年の「暴力犯罪防止・法執行法」(以下「犯罪法」)の制定を主導しました。その第6章「連邦死刑法」では、薬物の違法取引など53の犯罪を新たに死刑適用対象と定めています。
バイデン氏は死刑を支持し続けていたのですが、社会運動家らの厳しい抗議に直面し、ついに昨年7月23日、連邦での死刑廃止を含む「刑事司法改革計画」を発表しました。連邦の死刑制度に対する自らの30年にわたる支持を放棄したのです。
大統領選は、現時点ではバイデン氏がトランプ氏をリードしていると報じられています。仮にバイデン氏が大統領選で勝っても、簡単に死刑廃止ができるわけでもありません。法改正に対する連邦議会の承認という壁に加え、トータルな世論の状況も、死刑廃止が多数を形成しているとはいえないからです。
■政治家のリーダーシップ
しかし「死刑廃止は政治家のリーダーシップが大事である」と国際的にも認識されています。1985年に死刑を廃止した仏のミッテラン大統領、98年に執行停止をした韓国の金大中大統領、2012年に死刑廃止条約の批准をしたモンゴルのエルベグドルジ大統領らが代表的な例です。バイデン氏が大統領になれば、その政治的リーダーシップの下で、連邦政府だけでなく、全州にわたって廃止される可能性は十分にあると考えられます。
では、そのような米国の動きは、日本に対してはどんな影響を与えることになるでしょうか。
対外的な問題として、犯罪人の引き渡しがあります。死刑廃止国(米国)から死刑存置国(日本)への引き渡しは、人権上、大きな問題を生じ、障害となり得ます。日米地位協定における刑事裁判権にも影響を与え、一定の見直しが必要になるでしょう。
しかし、やはり最大の問題は、日本人と日本の政治家が「先進国の中で最低の人権尊重国」という国際的不名誉を甘受するのか、ということです。
冒頭で述べたように、日本の政治家たちは「ガイアツでしか政策を決められない」と軽蔑されないよう、主体的に率先して死刑問題に取り組んでほしいものです。